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Azaleaのゆるーいお話

お気楽主婦のお気楽な日々の日記。セレブではないけど、日々つつましく、時に大胆にすごす人生の一部分をお届けします。

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新婚旅行は世界一周!―マチュピチュ(ペルー)編・3―

曇り空のマチュピチュに入って、小一時間程度で降り出した雨。
どす黒い雨雲が近づいてきて、雨はどんどんひどくなっていった。

結局、初日に行けたのは、「段々畑」と「見張り小屋」。
どちらも、昔は村の端っこだったと思われる場所だ。
「見張り小屋」は、南の、遺跡を一望できる高台にある。
高台に行くまでは、基本、足場は石というか岩なので、滑りやすいところもある。
雨ガッパも持っていなかったので、出口に出たいが、
係員が常駐しているポイントというものはない。

見当をつけて段々畑のほうに歩いていくと、
たまたま「ガイド」のチョッキを着た人がいたので、
“Donde esta la salida?"≪出口はどこですか?≫と聞く。
そのガイドも、見学客を連れて出るところだったので、後についていった。

下りのバスは、少し人が並んでいたが、1台見送ると乗れた。
雷も鳴り出したので、限界だったろう。
雨に降られはしたものの、初日は、
ともかく遺跡を見れたというだけで満足だった。

ふもとに戻っても、土砂降りだった。

雨宿りしたかったのと、温かいものを取りたかったのとで、
バスの到着場所の向かいのレストランに入ったが、
ここが今回唯一ともいえる大失敗の場所だった。

家族経営のようだが、娘さんと息子さんは、おそらく小学生。
いちいちお父さんの指示を仰がないと、なにもできない状態。
お父さんも料理ができそうには見えなかったので、お母さんが
一人で作っていたようだった。
雨宿りの旅行者達が何組か席についたが、1時間待っても
スープすらでてこない“まごつきよう”に業を煮やして、
キャンセルして帰っていく人たちもいた。

私たちは、注文したものがすべてそろうのに、
1時間以上かかり、しかも、最後の「牛肉の串焼き」は
お肉が硬くてほとんど食べられず、玉ねぎは生焼けだった。
唯一「まっとう」だったメニューは、娘さんが買ってきた果物を絞っただけの
桃ジュース&バナナジュースという散々な食事に対し、40ソレス近くを取られた。
ペルーは物価が安いが、生焼けの玉ねぎを出されたのに1000円オーバーの支払い。
なんともひどいボッタクリだ。

結局、雨は止まず、体も温まらず(なにしろ、硬く冷えた肉と生焼け玉ねぎだ)、
そこから、全速力で、走って宿まで帰った。

宿に戻ると、フロントに伝言があった。
・食事のクーポン券は、夕食に使っても良いそうです。
・明日のツアーガイドが、夜7時に来るとのことです。

先のレストランはほとんど腹の足しにならなかったので
夕食のクーポンはありがたかったが、
ホテルに戻ったときは全身びしょぬれだった。
荷物はほとんど持っておらず、温泉用の水着とパジャマぐらいしか着替えがないので、
部屋に入って水着に着替え、長袖シャツとジーンズを干した。

30分ほどして、夜7時になり、ガイドが来たという連絡があった。
ジーンズをはき直して、ロビーに向かう。
ガイドと名乗る男性がいた。
この人が「緑のベストを着たガイド」なのか?

確認すると、この男性も「緑のベストを着たガイド」ではなかった。
名乗った名前も違った。
そのガイドと英語で「ブリーフィング」をした。
翌日、朝9時45分、入場口の前に、集合。
目印として「黄色のフラッグ」を持っているとのことだ。
「おまぬけ君」に教えられたガイドについてたずねると、
「私の同僚だが、彼はスペイン語ガイドなので、私がご案内します。
彼が来られなくてすみません」
とのことだった。
とことんムチャクチャだった。

部屋に戻り、眠ろうとするも、あまりに夜が長かった。
服は多少濡れていたが、ドライヤーで乾かし、
クーポンを持って夕食に行くことにした。
外に出てみると、雨はすっかり止んでいた。
ざあーっと降ってさっと止む、典型的な、「雨季」の気候だった。
“「おまぬけ君」は、本当に余計なことばかり言うガイドだね。
今日もさっき、どしゃ降りだったじゃん”
と私たちはクサした。
まあ、クスコとマチュピチュでは、毎日、ぜんぜん気候が違うのかもしれないが。

レストラン、「Pueblo Biejo」。入ると、大きな炭火焼のグリルがあった。
ディナービュッフェにするか、コース料理にするか聞かれたので、
迷わずコース料理にした。
夫がビーフ、私がチキンのグリル。
炭火で焼いていたので、中がジューシーで美味しかった。

前回、ペルーは、
「現地通貨ソルと米ドルのどちらでも支払いができる」、ということを書いたが、
やはり首都のリマ以外の地方は、ソルのほうが便利なようだ。

レストランでとなりの席に座っていた白人女性2人。
米ドルしかもっていなかったらしく、ソル建てでのお会計が来て、
お店の人と多少揉めていた。
私たちはクーポンだったので食事の料金は請求がなかったが、
高度も下がり、わりと体調も良かったので、久しぶりに「クスケーニャ」(地ビール)
を飲んだので、その分を、クレジットカードで払った。
(クレジットカードは、どの国も、サインでなく、暗証番号(PIN)の入力を
要求されることがほとんどでした。日本でも増えていますよね。)

ホテルに戻って、シャワーを浴び、夜10時半頃、就寝。
クスコと違い、とても静かで、ゆっくり眠った。

次の日は、なんだかとても早く起きてしまった。
朝5時半。夜もまだ明けてない時間帯だったが、
レストランに朝食を食べに行き、もう一眠りした。

次におきたのは朝8時を回っていた。
そろそろチェックアウトの時間だったので、
荷物をまとめてホテルを出る。
出掛けに、1件だけ、確認をしてもらった。
「帰りの列車のチケットがクスコまでになっているが、
ピスカクチョから先はどうなっているのか」ということだ。
「おまぬけ君」は、「クスコ駅で到着を待っている」しか
言わなかったのだが、これだけイレギュラーな対応が続いては、
疑心暗鬼にならざるを得ない。
フロントでマチュピチュの駅に電話をかけて確認してくれた。
「代替バスでクスコ駅まで送ります」との回答だった。
外線をかけると電話代が必要、というので、チップを少し弾んだ。

天気は、すごぶる良かった。雲ひとつない、快晴だった。
日焼けは心配だったが、前日と違い、最高の遺跡めぐりになりそうだった。
荷物を預け、ホテルを出て昨日と同じバス乗り場に向かい、バスに乗る。

頂上に来ると、待ち合わせまで20分近くあったので、
「マチュピチュ・サンクチュアリ・ロッジ」に入って、
デジカメに入れる電池を買った。電池は、さほど高くなかった。

待っている間にも、ぐんぐん気温は上がって行き、
まず長袖を着ていられなくなった。

時間になったが、それでも、「黄色のフラッグを持った」ガイドは見当たらない。
「緑のフラッグ」やら、「オレンジのフラッグ」はいる。
さらに15分待った。待ち合わせ場所も、入場口からホテルのロビーまで探し回ったが
昨日の夜にやってきた人とは、ついぞ会えずじまい。
ナゾの「緑ベストのガイド」は、代理人を遣し、
挙句に代理人もろとも、約束をすっぽかして、一言のお詫びもない。
本当にクレームものだった。

10時を過ぎてしまったので、時間ももったいないし、中に入ることにした。
前日の「見張り小屋」
見張り小屋
見張り小屋_2

「段々畑」
段々畑
に続き、
インカブリッジ」にも行った。
インカブリッジ

インカブリッジは、マチュピチュのメインの遺跡から外れて歩くこと約10分。
“昔は、こんなに断崖絶壁を旅したんだなぁ。”と、身のすくむ感じの橋だ。
今は、保全のため、橋の手前に柵があり、橋そのものは渡れない。

ここで、後ろから歩いてきた日本人の方と久しぶりに話をした。
「友だちを誘ったら、ペルーなんて遠いし、ヤダ!って拒否されちゃったんですよ。
ご夫婦で旅行なんていいですね」と言っていたので、都会派の彼女に
きっと断られちゃったんだろう(いや、それ以上聞いてないので、真相は不明だが。)

戻る道では、個人ツアーできていた別の日本人男性の写真を撮ってあげた。
一人旅は、自分が風景の中に入って撮れる写真がほとんどないので、寂しさは良く分かる。

ガイド付きのツアーに参加すると、インカブリッジはコースに入っていないので、
自分達のペースで見られるし、英語のわけ分からない説明聞きながら歩調を合わせるより、
逆に良かったね。とポジティブに解釈しつつ、見学をつづけたのだった。

-続く-

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テーマ:世界遺産・遺跡・名所 - ジャンル:旅行

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