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Azaleaのゆるーいお話

お気楽主婦のお気楽な日々の日記。セレブではないけど、日々つつましく、時に大胆にすごす人生の一部分をお届けします。

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新婚旅行は世界一周!―マチュピチュ(ペルー)編・5―

午後3時頃、マチュピチュ遺跡をあとにして、
ふもとのマチュピチュ村に下りた。

クスコに戻る列車は夜7時発なので、たっぷり時間はあった。

朝からほとんどまともな食事をしていなかったので、ランチを取ることにし、
ガイドブックで見た「インディオ・フェリス」というレストランに行った。
なんでも、村のベストレストラン賞を何度も受賞しているとのことだった。
ガイドブックでは「混んでいることが多いため予約必須」とあったが、
ランチの時間をはずしていたせいか、空いていた。
平日は、ランチとディナー、通しで営業しているらしい。

店内は広かった。オーナーはフランス人だそう。
そのせいか、入り口の窓際に、フランス人の団体さんが7、8人いたほかは、
奥の部屋のお客さんばかりで私たちの席からは見えなかった。
日本語メニューがあったので、ランチのコースにプラスして、
サラダも注文した(夫は、無類の野菜好きなのだ。)

すると、テーブルも結構大きいのに、乗り切らないほど、お料理が来た。
マチュピチュ2日目のランチ

「これ、普通にディナーじゃん?」という量だ。コース料理は、50ソレス程度だったと思う。
ちなみに、写真真ん中の四角いお皿が、オプションのサラダ。
このサラダとスープが、すごく美味しかった。
メインディッシュは、夫がチキン、私はビーフ。
夫から少しもらってチキンも食べたのだが、
チキン(写真手前)に添えてあるのはマンゴーで、「フルーツinおかず反対派」の私は、
“断然、ビーフのほうが、うまいじゃん!”と心の中で勝ち誇ってみた。
食事のお供は、やはり、マテ茶。
そのほかにもティーバッグの入ったかごを食事前にたくさん持ってきてくれた。

いくら空腹とはいえ、これだけ量があるとさすがに食べきれないので、
食べ終えた後、スペイン語会話集でおぼえたばかりのフレーズを口にしてみた。

「持ち帰りにしてください。」

昨日の“ボッタクリ”レストランでもそうだったが、この村では、
余った分をドギーバッグにして、持ち帰っている地元民をなんどか見かけたので、
ためしに言って見たのだ。
店員さんは、ふしぎそうな顔をして、何か、オウム返しに返答した。
私には聞き取れなかったが、続けて、英語で「お持ち帰りですか?」ときかれたので、
理解されなかったのではなく、ラテンスパニッシュでは、
ヨーロピアンとは別の言い回しがあるのかもしれなかった。
意図は伝わったようなので、"Si."≪はい≫と答えて、
持ち帰り用のドギーバッグに入れてもらった。

そこから、ホテルまで戻る道すがら、
絵葉書と親へのお土産の毛糸の帽子を買った。
メインストリートの端にある、アグアスカリエンテス、つまり温泉にも行こうかと思ったが、
どうやら、日本人が入るには温水プール並みに温度が低いらしい
&入場料が取られる(大人一人10ソレス)ので、止めにした。
ホテル連泊なら、泉質に問題があっても部屋に戻ってシャワーで流せるし良かったのだが、
よい評判をどこからも聞かなかったし
(オススメのスポットならば、もっと方々で絶賛されてもいいはず)、
水着は持っていったが、入口で止めたのだ。

ホテルに戻り、夫と2人、それぞれ葉書を書いた。
その後、荷物を受け取り、ホテルを出た。

この日は村のお祭りのようで、きらびやかな民族衣装の女性たちと、
ブラスバンドの行列がいた。
マチュピチュ村のお祭り
広場では出店も出ていたが、ランチをお持ち帰りしたくらいお腹いっぱいだったので、
とくに買い食いはしなかった。

駅前のおみやげ物やさんをのぞいたり、ベンチに座って景色や人を眺めたり。
そんな、結構ヒマな2時間あまりを経て、ようやく帰りの電車に乗れる時間になった。
帰りは、「バックパッカー」という、全車両、二等車みたいなボックス席オンリーの列車。
夜7時の発車の頃には、日もとっぷりと暮れていたので、景色もほとんど見えない。
座席指定だったが、乗る前に、とある男性から
「家族で向かい合って座りたいから、席を変わってくれないか?」
という申し出があり、夫と2人で座れることには変わりなかったので、OKした。
景色は見えないし、寝て帰るだけなので、早く戻ってくれればいいと思っていた。

だが、発車して1時間を過ぎた頃、山の真ん中で、列車はなんと30分も“停車しやがった”。
単線なので、対向電車待ちかもしれなかったが、とにかく待たされ、イライラが募った。
停車中も、そのあと発車するときも、何のアナウンス放送もなかったせいもあるだろう。
結局、ピスカクチョの暫定駅に着いたのは、夜9時半を回っていた。

乗客のほとんどが、本来の終着であるクスコまでの旅行者達だった。
駅の駐車場に案内され、白いバンに乗せられた。
定員いっぱい、ぎゅうぎゅう詰めで乗った白いバンの中は、
「移動」ではなく、「護送」といったほうがいいようなひどい環境下にあった。
夜に標高3500メートルを超える高地に向かうため、気温はどんどん下がっていく。
おりしも、風邪ひきの女性がいて、咳をコホコホしていて、うつされそうでイヤだった。
マチュピチュでは、夕方の気温が、長袖のシャツを羽織ってちょうどいいくらいだったが、
クスコ付近になると、私は冬物のコートを着こんでも寒いくらいで、
セーターしか着ていない夫が多少、気がかりではあった。

クスコ駅に、ノンストップのバンが着いたのは、夜11時半だった。
駅はほとんど町外れで、ただでさえも周囲は寂れている上、深夜時間帯。
「おまぬけ君」が来ていないと、時間的にも治安面でも相当ヤバかったが、
(バンにいたほかの乗客が、駅からの交通を聞いても、
明確な答えをしてもらえていなかった。)
「おまぬけ君」は、このときはちゃんと、ドライバーさんと一緒に迎えに来ていた。

ホテルに送ってもらう間、私は、
「マチュピチュで全くガイドされなかった件」について、クレームを入れた。
「おまぬけ君」は事実確認のあと、“不履行”を認めたので、払い戻しをしてもらうことにした。
払い戻し額は言い値でよいというので、20USドルで交渉をした。
マチュピチュは、主に外国人客が多いせいか、遺跡にかかわるものは何でも高い。
それこそ、一日の入場料、一人分だけで、20USドルは下らないだろう。
マチュピチュ到着から、見学までお世話してくれるはずが、
結局、私たちの前に姿さえ見せなかった「ガイド」。
夫婦で20ドルなら、決して不当な返還要求ではないと思った。

その後、薬局に寄ってもらい、薬剤師に風邪薬を処方してもらった。
2日前と同じホテルについたときには、すでに日付が変わっていた。
ホテル入口の「よろい戸」が閉まっている。
扉ひとつとっても、やっぱり、クスコの治安の悪さは、舐めてかかれない。
入口を開けてもらい、2日目とは違う部屋にチェックインした。

マチュピチュを離れてからは相当、体力を消耗する旅だったが、
夫は、早速、「お持ち帰り」のランチを平らげ、
“冷えてもウマイ!”とささやかな幸せに浸っていた。
本当に、いいレストランだった。
夕飯を食べそびれる形となったが、私は疲れ果てていて、
日本から持ってきた梅干しや、キャンディーをなめるくらいが精一杯。

つぎの目的地は、ティティカカ湖。
ボリビアとの国境にある、世界一標高の高い湖だ。
フライトは、朝5時ホテル出発なので、4時間ほどしか眠れない計算だった。
シャワーも浴びず、洗面だけをして、寝た。

-続く-

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テーマ:ペルー - ジャンル:海外情報

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