Azaleaのゆるーいお話

お気楽主婦のお気楽な日々の日記。セレブではないけど、日々つつましく、時に大胆にすごす人生の一部分をお届けします。

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新婚旅行は世界一周!―ティティカカ湖(ペルー)編・2―

前の日も早く寝たおかげで、この日も早く起きた。
夫は何度か起きたようだが、「風邪ひいた。熱っぽい。」という。
クスコ以降、毎食後、風邪薬を飲んでいたが、
前日から「寒い、寒い」と言っていたので、本当に体調が悪いようだ。

ティティカカ湖の2日目は、午前中に、葦で作った浮島にケチュアの人々が暮らす、
ウロス島の観光を予定していた。これもツアーの一部だ。

夫にはギリギリまで寝ていてもらおうと、なるべく物音を立てないように、
朝焼けの湖を写した。

Titicaca_dawn

静かで、ちょっとひんやりしている。
なんとなく、昔行った摩周湖を思い出さないこともないが、
実際目の当たりにするとやっぱり違う。
言葉にできないけど、すごくキレイだった。
夜明け後なので、行きかう船も無く、視界の邪魔をするものは何一つ無い。

バスローブを着たままで写し、その後はシーツに包まって完全に日が昇るまで見ていた。
贅沢なひとときだった。
夫がこれを見られなかったのは、すごくもったいないと思う。
見せてあげたかったが、起こすのも気がひけた。

7時頃、支度をし、2人でレストランに下りる。
ビュッフェなので、私は嬉々としていろいろなものを取ったが、
あんなに食いしん坊の夫が、温かいお茶しか飲まなかった。
しかも、食事中だというのに、頭を抱えている。

…いよいよヤバイ。

私は、とても不安になった。
食べ物の好き嫌いはほとんど無く、強烈にまずいもの以外は何でも食べる夫。
結婚前も結婚後も、これほどに食欲のない夫を見たのは、
このときが初めてだった。

部屋に帰ると、夫は、倒れこむようにベッドに崩れ落ちた。
ぬらしたタオルがほしいというので、額に当ててあげた。
横になるだけでなく、本当に寝込んでいる。
仕方ないので、私は、その間荷造りを済ませた。

ツアー自体をキャンセルしようか、どうしようか迷った。
チェックアウトタイムは、正午だという。
ツアーは湖に出るだけ、午前のみ3時間程度なので、
早めに終われば、チェックアウトまでに戻って来れそうだ。

「ツアーは、私一人で行くけど、いい?」と夫に尋ねると、
「いいよ。」と夫は言った。居てほしい、といわれたら
行かないつもりだったが、夫はそういうところはすごく理解のある人だ。

ツアーガイドが迎えに来るまでの間、私はフロントの担当の人に、
「夫が体調が悪いというので、チェックアウトまで安静にしています。
私はツアーに出てしまうので、もし、12時になって誰もチェックアウトをしなかったら、
部屋に電話をかけてもらえませんか」と頼んでおいた。

ツアーガイドが来て、私一人なので不審そうだったが、
説明をしたら納得してくれた。
遠出ではないので、さほど影響はないのだろう。
昨日のドライバーとは、違い、女性だった。
(ティティカカのツアーは、送迎も含め、担当は全員違う人だった。)

敷地から出て、車で5分程度。
女性は、「桟橋に居る若い男性に、ウロス島ツアーだと言って」といい、
港の入り口でおろしてくれた。

男性はすぐ見つかり、船まで案内される。
係留してある船のデッキをいくつかまたいで
(よそんちの船をまたいで通るあたりが、非常にアバウトすぎるが)
2階建ての小さな観光船内に案内された。
ガイドの男性は、スペイン語、つづいて英語で簡単に自己紹介をし、
ウロス島の人が使っているケチュア語の挨拶などを教えてくれた。
ガイドのノリはラテンぽかった。ペルーに着てから、
こんなラテン系の若いニーチャンは初めてだったので、まあ、新鮮だった。

日本人に限らず、東洋人は私しか居なかった。
普通にスペイン語で、ライフジャケットを勧められた。
身につけて窓のそとを眺めると、
泊まっているホテルの横を船がゆっくりと通り過ぎて行く。
夫が、とても心配だった。

20分ほどで、船はウロス島に着いた。
浮島を踏む感覚というのは、とてもフシギだった。
島の住人の人が出迎えてくれた。

そこから、ツアーガイドのおにーさんが、
英語でティティカカ湖の説明をしてくれた。
乾燥させた葦を束ねてブロックにし、
ブロック同士をいくつもつないで浮島にするのだそうだ。
浮島の高さ(葦のブロックの高さ)をクイズにして、参加者に当てさせたり、
島の人の日ごろの暮らしがどのようか、という説明で寸劇を見せてくれたりした。
昔は、ジャガイモや毛糸の織物などを、物々交換にしたのだそうだ。

Uros島

バルサと呼ばれる船に乗るまでは、フリータイム。
ラテン系ガイドのお兄さんは、
「風が強いと、ボリビア領まで行っちゃうかもねぇ。
まあ、帰ってこれるかどうかはイチかバチかって所だけど、
どうか良い旅を!グッドラック!」などと、ブラックなジョークを忘れなかった。

島はそんなに広くない。
肩をたたかれたので振り向くと、ケチュアのおばちゃんが、
家に案内してくれるという。腕をひっぱられてのぞくと、
本当に「葦の家」だった。
裸電球にラジオ、セミダブルくらいのベッドが1台。
広さは6畳くらいだろうか。

民族衣装を指差し、「着てみる?」と聞く。
全部がスペイン語なので、よくは分からないながら、
反射的に、“No."≪いいえ≫といってみたのだが、
「いいから着てみなよ」的にスカートと上着、帽子を渡される。
着付けまでしてもらっては、もう断れなかったし、
ケチュアの民族衣装なんてもう一生着るチャンスはないだろうから、と腹をくくった。
スカートは、サイズが大きく、ぶかぶかだったが、なんとか着れないこともなかった。

隣にいた、イギリス人女性と3人で、オバちゃんのダンナさんに、
家の外で写真を撮ってもらった。
「写真撮る撮る詐欺」か?と思い、怖くなったが、別にお金は請求されなかった。
他にも女性の参加者はいたが、「私たち2人しか、民族衣装を着て無かったわね」
と、イギリス人女性は言っていた。
「他の参加者も私たちの写真を撮っていたよね」と私。

その後、隣の「ショッピングトトラ」に移動し、カフェや郵便局などを見た。
絵本の「わらの家」がショッピング街になったような、フシギな感覚。

手編みのタペストリーやアクセサリーなどがあった。
ウロス島の人たちは、「お迎え係」兼「寸劇俳優」兼「お土産屋さん」なのだ。)
多少高いかと思ったが、姪3人にブレスレットを買った。
透き通った天然石をゴムで結んだものだ。

オプションのバルサ(葦でできた船)に乗ろうとしていたとき、
私に近寄って「日本人?」と英語できいてくる白人男性がいた。
そうだというと、「ヤッパリ!」とカタコトで答える。
どうやら、私が「ケチュア民族コスプレ」をしていたので、目立ったようだ。

その男性は、数年前に、日本で暮らしたことがあったとのことだ。
「1人で参加しているの」と聞かれたので、
「そう。夫と2人で新婚旅行中なのだけど、夫が体調を崩してしまって、
ホテルで休んでいるの」と私は答えた。
彼は「僕はあの友人と二人で来てるんだ」と答えたけど、
“相棒さん”は超美形の男性なのに、はるか遠くで知らん振りしているということは、
実は、この2人はゲイなのかもしれない、といらない憶測をしてしまった。

人妻が朝から世界の名所には似つかわしくない、ヨコシマな想像をしているのをよそに、
名物の葦の船に乗り込むチャンスがやってきたが、
その話は、また次回に。

-続く-

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テーマ:ペルー - ジャンル:海外情報

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